国家論――史的唯幻論の試み(初出誌:現代思想 1975.6)岸田秀
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人類は生物進化の崎型児である。このことは、人類を他の高等哺乳類とくらべてみればはっきりする。牛や馬の赤ちゃんは生まれて間もなく自分の足で立ち、自分で食物を探して自活できるようになるが、人間の赤ちゃんは、ほぼ完全に無力・無能な状態で生まれ、自活できるようになるまでには長年にわたって親またはその代理の世話と保護を受けなければならない。人類がなぜそうなったかについては、本来ならあともう1年間母胎内にいるべきなのに人間は九か月の未熟児で生まれてくるのだとするA・ポルトマンの生理的早産説と、人類は猿(より正確に言えば、まだ人類ではない人類の祖先)が胎児化したものである、すなわち、猿の胎児がそのままの形でおとなになったのが人類である(いわゆる幼形成熟―ネオトニー)とするL・ボルクの胎児化説とがあるが、この両説は相互排除的ではなく、生理的早産は胎児化の一つの結果と考えることができるから、わたしとしては胎児化説を中心に論を進めたい。
人類が人類になったころについて、すなわち文化の起源についてどのような理論を立てようとも、実証も反証もできないので、その当否の規律は、現代科学の諸発見に矛盾しないこと、それ自体に論理的一貫性があること、広範なさまざまな種類の現象を体系的に説明できること、説得力があること、わかりやすいことなどのほかには求め得ない。わたしも、これらの規準に叶うよう努めてみよう。
さて、この胎児化の結果、人類は滅亡の危機に直面したであろう。自活できるようになるまでこんなに長い期間保護してやらねばならないのだから、保護する側の負担はべらぼうに重い。単に期間が長いだけでなく、自分では何一つできないのだからその世話は大変である。その保護と世話は、いわゆる本能としての母性愛にもとづく行動によって可能な範囲をはるかに越えていた。子どもを育てるための親の負担の面だけを見ても、人類は、本能だけに頼っていたとすれば、とっくの昔に滅びていたであろう。
しかし、問題は親の過重な負担だけではない。親がこの負担を引き受ければ、それですべてが解決するわけではない。無力・無能の状態で長いあいだ親に保護されて過ごすという条件が、子どもの本能生活を根本的に変質させる。親の保護とは、いいかえれば現実との遮断である。現実のなかに放り出されれば死ぬほかはない子どもに、親は、作為された人工的世界を提供せざるを得ない。子どもの本能は、まずはじめに、現実と遮断された世界のなかで発動され、満足を知る。
生まれたどきの子どもは、感覚運動器官がきわめて未発達であるから、もちろん、現実と非現実、自己と他者の区別を知らない。したがって、親が提供してくれた人工的世界は、子ども自身にとっては、現実によっても他者によっても限定されない唯我独尊、全知全能の世界である。このような世界のなかで満足を知った子どもの本能は、現実からずれてしまう。本能とは、本来なら、現実への適応を保証するものである。動物は本能に従って行動し、それがそのまま自己保存、種族保存の目的につながっている。ところが、人間においては、本能に従うことは現実への不適応を意味する。つまり、現実への適応を保証するものとしての本能はこわれてしまった。人間の本能は、唯我独尊の幻想のなかで、自閉と全能の幻想のなかで空回りする。本来なら現実我を保存するはずの自己保存の本能は、全能の幻想我を保存する方向へずれる。種族保存の本能についても同じことが起こる。同じく胎児化の結果であるが、自己保存の本能の場合に、その本能の発現と、それの目的の遂行の手段たるべき感覚運動器官の発達とのあいだに時間的なずれがあるのと同じように、種族保存の本能の場合にも、性欲の発現と、生殖器官の成熟とのあいだに数年の時間的ずれがある。そのため、人間の性欲は、まず不能の性として出発する。そして、そのあいだに、異性の性器と結合し、生殖の目的に奉仕するというその本来の表現形式からずれてしまい、同じく幻想の世界のなかで無目的に空回りする。フロイドが幼児の性欲は多形倒錯的であると言ったのは、この意味においてである。倒錯の性とは、不能の性であり、幻想の世界に遊ぶ性である。
そのうち、遅まきながら、感覚運動器官あるいは生殖器官が成熟したときには、すでに手おくれで、人間の自己保存あるいは種族保存の本能は、前述のように本来の目的から遊離した方向へずれてしまっているから、ここで、何らかの打開策を講じなければ、人類は自己保存も種族保存もできず、不適応になって滅亡せざるを得なかったであろう。実際、人類のかなりの部分は、この難局を乗り越えることができず、滅亡したかもしれない。
自己保存について考えてみよう。今や成熟した感覚運動器官を基盤として成立した自我は、多少とも現実を認識できるから、この現実の世界で自己を保存するためにはどのような行動が必要であるかをある程度は理解する。しかし、その行動のために必要な自己保存本能のエネルギーは、幻想の世界で遊び呆けているのである。指揮官がいくら命令を発しても、兵士がついてこないようなものである。この状態が、現実原則に従う自我と快感原則に従うエスとの対立としてフロイドが記述したものである。現実原則と快感原則とのこの対立と分裂は、人類だけが直面する悲劇であり、動物においては、現実への適応と快感の追求とのあいだに矛盾はない。フロイドの言うところのエスとその快感原則は、人類に特有な本能のずれと歪みを表わしており、決して動物における本能と同一視できるものではない。エスは本能ではない。快感原則は本能の原則ではない。それはむしろ、幻想の原則である。つねに過去の状態の復元を求めるというフロイドの本能(Trieb、本能と訳すのは適訳でない)の定義は、幻想の世界に釘づけになった本能の定義としてのみ理解できるのであって、動物における本能には当てはまらない。過去の状態の復元を求めるのは、その状態が幻想であるかぎりにおいてである。『快感原則を越えて』のなかでフロイドは、この本能の定義から、論理的に、あらゆる生体内に存在するかつての無機物の状態を復元しようとする傾向としての本能を仮定したが、わたしは死の本能を人類に特有な傾向として理解している。快感原則は、論理的につきとめれば、涅槃(ニルヴァーナ)原則とならざるを得ない。
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人類は、したがって、幻想の方向にずれてしまった本能を何とかして、現実の方向へ引き戻さなければ生きのびることができない状況に追いこまれた。本能は、エスに変質しており、そのエスは、自己保存に関しては、自閉と全能の幻想我の保存をめざすナルチシズムと、種族保存に関しては、前性器的倒錯のリビドーとから成っていた。エスのおもむくままに従っていたのでは自滅する。ここで人類は、エスを抑圧することをはじめて知った。それと同時に、幻想の世界にまつわりついているナルチシズムと倒錯リビドーを、現実の世界にいささかでも近づき得、何とか現実に自己保存と種族保存を保証する形式に強制的にはめこまねばならなかった。こわれてしまった人類の本能は、もはやこの形式を指示してはくれなかった。
エスの幻想は私的幻想である。エスの幻想の世界に住んでいるかぎり、各人のあいだにいかなるつながりもあり得ない。その状態は、いわば、それぞれ勝手な空想に耽って自慰をしていて、おたがいに相手には無関心な男と女のようなものであり、さっきの譬えをもう一度使えば、それぞれ酔っ払って自分だけの内的世界に閉じこもり、てんでんばらばらな夢を追っている兵士たちのようなものである。このような男と女に、種族保存へとつながる性行為の形式を強制しなければならない。この兵士たちをまとめて、あの高地を奪取する統一作戦に向かわせなければならない。しかし、エスは現実から遊離してしまっており、二度とふたたび、現実との完全な矛盾なき一致に戻ることはない。本能にもとづく男と女の関係、親と子の関係、家族の関係、集団の関係はもはや失われてしまった。だが、これらの関係を何とかして維持しなければ、人類は滅びるのであった。
ここに文化が発生した。文化は、矛盾する二つの要請を同時に満たすものでなければならならない。一つは、曲がりなりにも現実の自己保存または種族保存を保証する形式を提供するものでなければならない。もう一つは、できるかぎり各人の私的幻想を吸収し、共同化し、それに満足を与えるものでなければならない。文化は、前者の意味において、本来の現実、いわば物理的(フィジカル)現実の代用品、つまり作為された社会的現実であり、後者の意味において共同幻想(集団幻想と言ってもいいが)である。
かつては本能に支えられていた人間のつながり(男と女、親と子など)は、今や共同幻想に支えられることになった。本能に支えられたつながりと、共同幻想に支えられたつながりは、本質的に異なっている。第一に、前者は本能的必要のあるあいだしかつづかない。男(雄)と女(雌)は、生殖活動がおわれば、もはやおたがいに男でもなければ女でもない。親と子は、子が自立するようになれば、親でもなければ子でもない赤の他人である。それに反して、後者は永続化し、固定化する。ここに制度としての家族が成立し、各人は、特定の他者との関係において、男であるとか、親であるとか、妹であるとかの固定的身分を獲得する。第二に、前者は、とにかくそのつながりがつづいているあいだは、安定した関係であるが、後者は、永続化し、固定化した反面、不安定な関係である。不安定だからこそ、固定化する必要があったのだとも言えよう。なぜ不安定かと言えば、まず、本能の裏づけのない強制された関係だからであり、次に、それを支えている共伺幻想の不可避的欠陥のゆえである。
共同幻想は、かけ離れてしまった物理的現実と私的幻想との双方をいくらかずつ裏切った妥協の産物であり、物理的実現を裏切っている点において、決して現実への充分な適応には達し得ず、つねにいくらかの不適応を招かざるを得ず、私的幻想を裏切っている点において、各人の私的幻想をあますところなく吸収し、共同化するには決して至らない。共同幻想は、絶えずその双方からのはさみ撃ちに会って動揺する。
この不安定さを減らずためには、共同幻想に支えられている集団を絶えず空間的または時間的にあるいは空間的および時間的に拡大してゆかねばならない。共同幻想は、一面においては私的幻想を吸収して成立したものであるから、私的幻想のナルチシズムを受け継いでおり、全能、無限、永遠につながるかぎりにおいてしか存立し得ない。二人の関係を支える共同幻想は、その関係が二人だけの限られた空間に閉じこめられたとき、崩壊する。これを対幻想と呼ぶとすれば、対幻想は、より大きな集団にかかわる共同幻想の一環としてしか成り立ち得ない。二人が三人になっても、100人、1,000人になっても同じである。本能にもとづく動物の集団は、種によってだいたい大きさが決っているが、共同幻想にもとづく人間の集団は、自転車操業の会社のように、絶えず膨張をつづけているかぎりにおいてしか安定しない。
人類が共同幻想にもとづいて最初につくった集団は、たぶん家族だったのであろう。いったん共同幻想にもとづく家族が成立すれば、その集団を拡大してゆかねばならない。それを時間的に拡大し、永遠性へとつなぐ試みの一つが、親から子への家系制度であろう。前述したように、本来なら、親と子は、一定の期間を除いて、無関係な赤の他人であって、親または子を他の人びとから区別する現実的根拠は何もない。子が親の分身であるというの、は幻想である。兄弟姉妹が同じ血をわけているというのも幻想である。しかし、このような血縁幻想を共同幻想とし、同じ赤の他人たちのなかから特定の者を選んで親とか兄とか妹とか呼んだとき、家族が成り立ったのである。共同幻想としての血縁と、生物学的なつながりとは別のものであって、後者は、前者のいわば参考資料として使われたとしても、後者が前者を一義的に決定することはない。血縁幻想は、分身幻想から派生したものではないかと思われる。幻想なのだから、血縁の濃淡の観念はまったく恣意的であって、父-息子の関係をもっとも濃いと考えれば父系制となるし、おじ-おい(姉妹の息子)の関係をもっとも濃いと考えれば母系制となるであろうが、これは、血縁幻想の内容の違いによるのであり、発達段階の差ではなく、吉本隆明も指摘しているように、子どもの出産における父の役割についての知識の有無によって決定されるものではないであろう。だから、理論的には、(そのような家系制度がかつて存在した、または存在している証拠はいっさいないが)たとえば、ある男ともっとも濃い血縁の者は、その男の母の姉妹の娘の息子であるという共同幻想にもとづく家系制度があってもおかしくない。同じ理由で、人類の最初の集団が一人の強力な男が多数の女を従えた一夫多妻家族であったか、あるいは乱婚にもとづく大家族集団であったか、あるいは単婚の小家族であったかを問題にするのは無意味であろう。あらゆる制度は共同幻想にもとづくものであり、幻想の変遷に一般法則はなく、したがって、制度の発端と発達過程に一般法則はない。ただ、かくかくの状況におかれた集団はかくかくの共同幻想をもちやすいということは言えようが、それはあくまで蓋然的法則である。
家族集団を横の方向に、空間的に拡大してゆく場合も、同じく一般法則はない。集団を拡大すれば、拡大したその集団をまとめ得るような共同幻想があればよいのであって、たとえばトーテミズムの場合のように、血縁幻想をさらに広げ、氏族の全成員が同じトーテム動物を共通の祖先とする血のつながった仲間であるという幻想を集団の基盤とすることもできるし、地縁や何らかの共通の活動や経験を材料にして共同幻想をつくってもよいであろう。何らかの条件のため、現実の空間で集団を拡大できないときには、天上の世界へ拡大してもよい。これは、共同幻想を永遠性、無限性へとつなぐ巧妙な方法である。
部族や国家のあいだの征服や戦争を経済的その他の条件のみに帰することはできないであろう。経済的には征服なんかしてもたいして利益にならない場合や、戦争なんかしないで仲良くしている方がはるかに得な場合でも、しばしば征服や戦争が行なわれているのは歴史の示すところである。彼らは必ずしも情勢判断を誤っていたわけではない。共同幻想は、それを信じている集団の観点からは万古不易の普遍的真理であり、一つの普遍的真理は、それと矛盾する他の普遍的真理の存在を許さない。両雄が並び立たない同じナルチシズムの原則によって、ある共同幻想にもとづく集団は、別の共同幻想にもとづく他の集団の存在が耐えがたいのであり、耐えているとすれば、それはつねに不満なあきらめによってでしかない。かくして集団は、その共同幻想の内在的運動法則により、あるいは他の集団を統合し、あるいは他の集団に統合されて拡大してゆくであろう。統合するか統合されるかは、武力の強弱によってのみ決まるのではないであろう。いずれの集団の共同幻想が両集団をまとめるのに適しているかにもよるであろう。また同時に、集団は分裂への傾向もはらんでいる。その共同幻想にそれぞれの私的幻想を共同化し得なかった人たちが別の共同幻想をつくり、集団から離反してゆこうとするであろう。
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しかし、いずれにせよ、人間集団は不安定である。集団は無限に拡大しつづけることはできないし、それを支える共同幻想は各人の私的幻想を完全に吸収することは決してできない。各人に分有された共同幻想は超自我となり、共同化されずに残った私的幻想はエスを構成する。このエスが、共同幻想にもとづく集団の統一性を内部から危くする重大な要因となる。
精神病者は、その私的幻想のほとんどを共同化し得なかった者である。彼は、自分の住む社会の共同幻想をいったんは外面的に受け容れるかもしれないが、それは彼自身の私的幻想と何の内面的つながりのないものであり、彼はそこに彼自身の私的幻想の共同化を見ることができない。また彼は、彼と同じくその私的幻想を社会の共同幻想に共同化し得なかった人たちと組んで別の共同幻想をつくるということもできない(それができれば、彼は、成功するにせよ失敗するにせよ、革命家となるであろう)。彼の私的幻想は、彼一人の自閉的世界のなかで増殖し、一応適応している偽りの外面をついに突き破って躍り出てくる。はたから見れば、それが発狂である。発狂は、ある意味で、私的幻想の、失敗した共同化の試みであると言える。彼の私的幻想が妄想と呼ばれるのは、誰一人としてそこにひとかけらの共同性をも見なかったからである。一般の人びとが精神病者を気味わるがり、閉じこめておこうとするのは、彼が危険だからというより、彼らがあまりにも当然のことと信じている共同幻想をまるっきり無視している者を彼のうちに見、彼らの共同幻想が実は幻想なのではないかとの疑いを起こさせるからである。革命家だって、彼が反逆している共同幻想を部分的には是認しており、犯罪者だって、共同幻想の何らかの側面に違反したというだけであって、それを全面的に否定しているわけではない。その意味において、精神病者は、革命家や犯罪者とは別種の脅威を共同幻想に与えるのである。人びとが、彼の私的幻想を何の意味も根拠もない妄想として無視するのは、その意味について考えるのが恐ろしいからである。彼の妄想は、その社会の共同幻想から排除されている私的幻想の実体をもっとも露骨な、もっとも純粋な形で示しているのである。彼が「狂っている」のは、共同幻想、いいかえれば、社会的現実に関してであって、物理的現実に関してではない。彼が、窓ガラスを金鎚でたたけば割れるとか、マッチをすれば火がつくという物理的現実を誤認することはない(無知な者が気違いのふりをしようとしてばれるのは、わざわざたとえば馬の絵をかいて足を7本つけたりして、物理的現実の誤認を演じてみせるからである)。精神病が何よりもまず共同幻想との関係における病いであることはこのことからもわかる。
精神病までに至らなくても、すべての人が多かれ少なかれ神経症的である。神経症のさまざまな症状は、共同化されずに残った私的幻想のさまざまな表現形態であり、そして、すでにくり返し述べたように、そのすべての私的幻想を共同化し得る者はいないからである。A集団の共同幻想と、B集団の共同幻想とでは、その成員各自の私的幻想を共同化し得る部分が異なるであろう。だから、A集団の共同幻想に共同化されずに残る私的幻想の部分を、B集団の共同幻想は共同化しており、そして、その逆でもあるといった場合もあるであろう。この場合、A集団の正常人をB集団から見れば、また逆に、B集団の正常人をA集団から見れば、おのおの自分の集団の神経症者と似ているように見えてくるであろう。フロイドは、ヨーロッパ人の神経症者と未開人とのあいだにいくつかの類似を見出して、ともに両者を未発達の幼児性と関連づけたが、これは知らず知らずのうちに(J・ピアジェの使う意味における)自己中心的観点に陥っていたのであって、相手からも同じように見えるということを忘れている。もしわたしが同じような自己中心的観点に立つとするならば、ヨーロッパのキリスト教徒を見て、日本人では精神病者にしか見られない処女懐胎妄想や復活妄想が「未開の」ヨーロッパでは一般に信じられているという結論を出したかもしれない。
では、共同幻想は、各人の私的幻想を多く吸収し、共同化していればいるほどすぐれた共同幻想であるかと言えば、一概にそうは言えないのである。ここに共同幻想の致命的ディレンマがある。すでに述べたように、共同幻想は、他方において、今やその本能が(物理的)現実からずれてしまった人類に、その代用品、疑似現実、つまり社会的現実を提供する役目をももっている。集団の成員の私的幻想を多く吸収すればするほど、その共同幻想そのものがますます病的、妄想的となり、ますます現実から遊離し、この役目がますます果たせなくなる。このディレンマは、たとえば軍隊の指揮官の直面するディレンマに似ている。敵の側にも五分五分の正当性があるなどと言っていたのでは戦さにならない。兵士たちの団結を固め、その戦意を高揚させるためには、敵は悪虐非道の鬼畜であり、臆病で弱い烏合の衆であって、味方は天に代わりて不義を討つ絶対不敗の神兵であるという幻想を与えなければならない。しかし、このような幻想が、情勢判断を狂わせ、作戦の失敗を惹き起こす。そういうわけで、その成員に神経症者や精神病者が少ない集団ほど、集団そのものが神経症的、精神病的である。それは、国家が戦争という大規模な人殺しをやっていると、国内の殺人事件が少なくなるのと同じような関係にある。狂信的な暴力集団のメンバーに個人として会ってみると、意外とものわかりがよくて紳士的な人が多いのも同じ理由からで、彼の狂信的な部分をその集団が吸い取っているのである。フロイドが、宗教の熱心な信者に神経症者が少ないことに気づき、宗教という集団神経症に罹ると、個人として神経症にならなくてすむと言ったのも、このディレンマを指していたのだと解される。
したがって、集団の統一性に重点をおき、その成員の私的幻想をできるだけ多く共同化しようとする集団は、集団全体として、現実への適応に失敗しやすくなる。そして、そのような集団において往々にして主張される共同幻想の無謬性と絶対性を維持するため、失敗は正当化される。いったん失敗が正当化されると、その失敗をもたらした現実の諸要因の認識が失われるから、同じ失敗が強迫的に反復される。それがまた正当化を呼んで、悪循環を惹き起こし、正当化の毒素が集団内にますますたくさんたまる。革命前の帝制ロシアや敗戦前の大日本帝国がこのような状態であった。集団がこういう状態に至ると、現実からずれてしまって敵を知らず、己を知らないから百戦危く、信じられないほどの愚行が頻発する。たとえば、日露両海軍の戦力を知る者が見れば、日本海、戦の勝敗の帰趨は戦う前から明らかで、日本が勝ったのは連合艦隊の勇敢さのゆえではないが、当時のロシアの支配者にあっては、戦力の対比を事実としては知っていても、その認識から、バルチック艦隊の派遣の中止の判断へと至る当然のすじ道の途中に、硬直化した共同幻想が立ちはだかり、事実が見えていて、かつ見えていないのであった。また、集団内で言えば、共同幻想の正当化から生ずる毒素の皺寄せをいちばん受けるのは、その集団のなかのいちばん弱い層、つまり被支配階級で、従来の共同幻想の幻想性に最初に気づき、新たな共同幻想の必要を痛感するのは彼らである。彼らが、新たな共同幻想を築き、それが従来の共同幻想よりも多く、広く、成員の私的幻想を吸収し、共同化し得たとき、革命は成功するであろう。
逆に、現実への適応と合理性の面ばかりに重点をおく集団は、その成員の私的幻想を共同幻想へと吸収できず、したがって、集団としての統一性をもち得ず、前記の集団とは別の方向から崩壊する。
いずれにせよ、個人と同様、集団にも寿命がある。集団は、結成され、拡大し、分裂し、そしていつかは、たとえ外部からの攻撃がなくても、内部から崩壊する。そしてまた、新たな共同幻想にもとづく新たな集団がつくられるであろう。
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わたしは「日本近代を精神分析する」のなかで、日本全体をあたかも一人の精神分裂病者のごとく扱った。この試みが許されるためには、集団心理と個人心理の問題についてわたしなりの考えを示さねばならない。この問題は、集団現象に関するあらゆる理論にとって、きわめて扱いにくいむずかしい問題である。
この問題に対する一つの解決策は、マルクスのように「存在が意識を決定する」という立場に立ち、集団現象を、人間の歴史の流れを経済的条件から説明する方法である。「意識」は「存在」によって決定されるのだから、「存在」を問題にすれば充分であって、「意識」そのものの内在的構造や運動法則は考慮に入れる必要がない。「意識」は、歴史を動かす要因の一つではなく、せいぜい子どもの使いのようなもので、ある経済的原因をある経済的結果へ取り次ぐぐらいのことしかできない。この解決策はきわめてすっきりしており、理論内部での論理的整合性の点で非常にすぐれている。人間心理そのものの重要性を認めないのだから、集団心理と個人心理の関係などはそもそも問題にもなり得ない。しかしわたしは、人間心理は歴史を動かすもっとも重要な要因の一つであるという立場に立っているから、この解決策を取ることはできない。
第二の解決策は、集団のリーダーの個人心理によって集団の行動を説明する方法である。英雄中心の歴史観がこれである。ヒトラーの心理によってナチズムを説明するがごときである。この解決策もすっきりしているが、集団の成員がなぜそのリーダーを選んだか、なぜ彼についていったかという肝心の点の説明が欠けている。
第三の解決策は、個人を越えたところの集団精神といった実体的なものを仮定する方法である。たとえば、日本人はみんな生まれながらにして大和魂を具えているといった考えは、そのもっとも素朴な形である。このように考えれば、日本国民に特徴的な行動はこの大和魂から説明でき、大変便利である。実際、ある集団の歴史を概観してみると、遠い昔の事件に対する反応が、その当時生きていた者たちは全員死に絶えてしまったはるか後代になって起こったとしか思えないようなことがたくさんある。しかも、当の集団の成員自身が、現在の反応と昔の事件とがつながっていることに気づいていないのである。こうした事実は、集団精神というものを仮定しなければ、どうにも説明がつかないのであった。フロイド、とくにユングはこの解決策を取った。しかし、この解決策では、先祖の魂がどこかで浮遊していてあるとき子孫の肉体のなかにはいったというような神秘的な考え方をするのでなければ、どうして精神過程が個人の死によって中断されず、世代から世代へと伝わってゆくのかという困難な問題に直面する。フロイドは、記憶の遺伝を仮定することによってこの困難から逃れた。ご存知のように、フロイドによれば、母親姦の願望とそのタブー、父親殺しの願望とその罪悪感を内容とする現代人のエディプス・コンプレックスは、人類がまだ文化をもたなかった何千年か昔の原始遊牧群(ホルド)における父殺しの事件の無意識的記憶に対する反応なのである。また、ユングは集合無意識なるものを仮定し、そこには太古の昔からの経験によって獲得した人類の知恵がたくわえられていると考えた。このような仮定がもし許されるなら、さまざまな集団現象が実にうまく説明がつくことは確かである。だが、この解決策には致命的な欠陥がある。いうまでもなく、記憶(獲得形質)の遺伝は現代遺伝学と矛盾する。
第四の解決策は、ライヒやフロムらの解決策で、彼らはマルクスとフロイドとの綜合をめざし、心理学的問題に関するマルクスの無知と、経済的、社会的問題に関するフロイドの無知をともに埋めたと称しているが、わたしに言わせれば、彼らの理論(彼らの理論とひとまとめにして言うのは、集団心理に関する両者の理論にはほとんど差がないからである。ちなみに言っておくと、フロムの『自由からの逃走』はそれより10年前に出たライヒの『ファシズムの集団心理』の焼き直しとしか思えないのだが、フロムの著書のなかにはライヒ理論についての一言半句の言及もなく、フロムが同じ精神分析仲間のライヒの同じテーマを扱ったこの有名な著書を知らなかったとは思えないし、もし知らなかったとすれば、二人の人間が無関係にこれほど似た結論に達し得るものだろうかと、わたしはかねがね不思議に思っている)は、マルクスとフロイドをともに薄っぺらにしたごちゃまぜの折衷におわっており、その心理学理論について言えば、フロイドに立脚しているというよりはむしろ、昔の本能論心理学を性善説で裏打ちしたようなものと、人間は生まれたときには白紙(タブラ・ラサ)であるとするイギリス経験論の延長線上にある行動主義心理学とをくっつけ、本来なら正反対の両端にあるこの二つの立場を兼備した立場に立っている。
要するに、経済的、社会的条件と、その時点における集団の行動とのあいだに、ちぐはぐさや矛盾がないなら、集団心理という厄介な要因をわざわざ介在させる必要はない。このちぐはぐさをどう説明するかが問題なのである。ライヒとフロムは、集団精神の遺伝といったような逃げ道はとらなかった。彼らは、基本的には、個人の精神、性格は後天的にその経済的、社会的環境によって形成されるとする。そして、ライヒの言う「集団心理構造」、フロムの言う「社会的性格」は、集団の大部分の者が共通に経験する経済的、社会的環境条件の結果形成される中核的構造である。ここで困難な問題が起こる。経済的、社会的条件によって形成される「集団心理構造」または「社会的性格」がどうしてその経済的、社会的条件と矛盾するようになるか。彼らは、集団心理が現在の経済的、社会的条件と矛盾するのは、それが以前の時期の経済的、社会的条件によって形成されたものだからであると言う。では、そのあいだに、経済的、社会的条件はどうして変化したのであろうか。あたかも、経済的、社会的条件は、それ自体の内部法則によって独自に変化し、集団心理はそれに一歩遅れてついてゆき、ときどきついてゆくのにくたびれて抵抗するだけであるかのようである。これでは、集団現象の説明に、心理的要因をもちこまないのと同じことである。彼らがもちこむ心理的要因と言えば、たぶん彼らの希望を表明したものであろうが、人間性に本来具わっているとされる愛、自由、独立、誠実さなどへの自発的傾向である。この傾向は、経済的、社会的条件によって形成されるものではなく、ときには沈黙しているが、ときには権力による抑圧に反抗しておのれを主張する。こういう傾向を仮定するのがいけないとは言わないが、一般的には、人間の性格は経済的、社会的条件によって受動的に形成されるものとしておきながら、それではうまく説明できない事実にぶつかると、全然別の理論的立場に立たないかぎりは主張できないはずの「人間性本来の傾向」をもち出し、その傾向があってはかえって都合がわるい場合には、それは「沈黙」していたと言うのでは、彼らの理論は、論理的に破産していると言わざるを得ない。けだし、マルクスとフロイドのような全然別の背景と観点から、それぞれ別の地平で精緻に構成された理論を、両者の「無知と弱点」を補って綜合しようとすれば、あぶはちとらずの結末は避けがたいであろう。
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さて、これらの解決策をすべてしりぞけるとすれば、どういう解決策があるだろうか。わたしの考えによれば、集団の歴史をあたかも個人の歴史のごとく扱うことができるのは、集団の精神構造とそれを構成する成員の精神構造とが内在的必然によって不可分に結びついているからである。集団と個人とは同時に成立する。集団がまずあって、その精神構造を、白紙(タブラ・ラサ)で生まれてきた個人が、たとえば外国語を学習するときのように、受け容れて内面化するのではない。逆にまた、個人がたくさん寄り集まって、それぞれの精神構造の最大公約数的なものを集団の精神構造として設定するのでもない。集団と個人は共同幻想を介してつながっている。集団を支えているのも、個人を支えているのも共同幻想である。集団の共同幻想は、個人の私的幻想の共同化としてしか成立し得ず、個人はその私的幻想を共同化することによってしか個人となり得ない。したがって、集団の共同幻想は、個人の私的幻想の共同化された部分(超自我)と一致する。そして、共同化されなかった部分(エス)は、集団を構成する個人のあいだで大体共通している。そこで、各人のエスは、集団のなかで、忌わしいもの、おおっぴらには言えないもの、罪深いもの等々を形づくる。かくして、集団が公認するもの(共同幻想)と公認しないものは、各人の超自我とエスに対応する。共同幻想は集団の超自我であり、その裏面は集団のエスであると言えよう。前者を顕在的(マニフェスト)文化と呼ぶならば、後者は潜在的(レイテント)文化と呼ぶことができよう。集団心理を個人心理のごとく扱い、その病理を語ることができるのは、集団の文化が個人の精神と同じ構造をもち、同じ葛藤をはらんでいるからである。また、何度もくり返すように、自閉と全能の私的幻想を共同化したものに支えられる集団が、多かれ少なかれ「病的」――現実からずれた幻想を抱いているという意味での――でないことはあり得ない。
支配的イデオロギーとして共同幻想は、世代から世代への縦の方向にも、また横の方向にも、家族のしづけや学校教育を通じて公然と伝えられるであろう。新しく生まれてきた個人はその私的幻想を共同幻想に共同化することによって集団の成員となってゆくであろう。共同化し得ずに残ったエスは、個人と集団とのずれ、齟齬を表わしており、エスが多大であればあるほど、集団のなかでの個人の居心地のわるさ(フロイドが「文化のなかの居心地のわるさ」。“Unbehagen in der Kultur”と呼んだもの)がますであろう。個人は残りのエスをも共同化しようとするであろう。その共同化の努力のもっとも過激なもののうち、成功したものが革命であり、もっとも無残な形で失敗したものが発狂であろう。一般には、その努力は中間のさまざまなレベルで行なわれるであろう。芸術もその一形式である。集団のなかで、たとえば新興宗教のような下位集団をつくるかもしれない。犯罪や趣味(マニア)なども、成功か失敗かはさておき、その努力を表わしているであろう。これらが集団の潜在的(レイテント)文化を形づくる。そして、この潜在的文化を通じて、集団の「エス」は縦の方向にも横の方向にも伝えられてゆく。神話、伝説、昔話、迷信、過去の犯罪物語、裏面史などに、昔の世代の人たちのエスが結晶しており、現代の人びとはそこにおのれのエスの具体化を見るであろう。横の方向の伝達に関して言えば、権力側がいかに抑圧しようとも、噂、流言飛語となってたちまち千里を走るであろう。
集団の経験は、それが支配的共同幻想に都合のわるい経験であるために否認され、その経験をした当時の人たちが全部死に絶えてしまったあとも、集団の行動に影響を及ぼす。それは、個人の神経症者が、都合のわるい過去の経験を抑圧し、意識的にはそのことについて何も覚えていないのに、抑圧されたその経験の無意識的記憶が症状を惹き起こすのとまったく同じである。この事実を説明するために、無意識的記憶の遺伝というような神秘的なものを仮定する必要はない。第一に、その集団のなかには、その経験によって被害を受けた人たちが必ずいる。彼らは、権力に弾圧されても、その経験を忘れないであろう。彼らは、その経験を否認する支配的共同幻想にその私的幻想を共同化しなくなり、彼らのあいだで下位(サブ)共同幻想をつくり、その潜在(レイテント)文化を子から孫へと伝えてゆくであろう。そして、彼らは、あたかも病因的コンプレックスのように、子、孫、にわたって、集団内の不穏分子でありつづけるであろう。第二に、現実に起こった経験を抑圧すれば、そのために支配的共同幻想がそれだけさらに現実からずれるようになり、硬直化し、脆さを抱えこむ。そうなると、前記の人たちだけでなく、成員全体に関して、その私的幻想を吸収する機能に障害が生ずる。その結果、その支配的共同幻想に共同化されずに残る、その集団全体の「エス」が変化する。この状態は世代から世代へと受け継がれてゆく。したがって、集団の成員のほとんどが遠い昔のその経験のことなど意識的には露知らなくても、「否認」されたその経験は、いわば背後から集団全体の行動に影響を与えずにはおかないのである。
たとえば、アメリカの独立宣言に表明されている自由、平等、民主の共同幻想の背後には、アメリカ大陸の「発見」当時に北米に100万はいたと推定される原住民が20万を下回るに至った大量虐殺の経験があった。アメリカの共同幻想はこの経験の抑圧と正当化に支えられている。そのため、アメリカの共同幻想は硬直化し、この共同幻想にその私的幻想を共同化しようとする成員(アメリカ国民)に安定感と確実感を与えるものではなくなっている。どこかうしろめたく、うさんくさいのである。またそのため、抑圧し正当化したもとの経験に類似した経験に関して、アメリカ国民の精神構造に盲点が生じ、類似の経験が強迫的に反復されるようになる。したがって、アメリカは、その不確実感、不安定感を補うため、他民族にその共同幻想を押しつけ、またときには他民族を大量虐殺するよう強迫的にかり立てられている。広島、長崎への原爆投下、ベトナムにおける大量虐殺は、インディアンの大量虐殺の経験の強迫的反復である。
ある苦痛な経験の抑圧と正当化、人格における盲点の発生、類似の経験の強迫的反復という機制は個人の神経症の場合とまったく同じである。たとえば、ここにある女性がいる。彼女は、残忍で薄情で、彼女を搾取することしかないひどい男にひっかかり、さんざん利用されたあげく捨てられる。ところが、あんな目に会わされたのだからいいかげんに懲りただろうと思っていると、彼女はまた同じようなひどい男にひっかかり、また同じような経過を辿って捨てられる。そして同じような経験を何度も何度も反復するのである。彼女は男運がわるいのではない。これは一般に性格神経症と呼ばれている反復強迫の症状である。彼女の幼児期を調べてみると、父親がひどい男で彼女を残酷にこき使いながら育てたことがわかった。父親に虐待されるというのは、彼女にとってきわめて苦痛な経験であった。父親に愛されていないということは耐えがたいことだった。そこで彼女はその経験を抑圧し、正当化した。つまり、父の虐待は実は虐待ではなく、愛情の表現であり、わたしは父親に愛されているのだと無理に思いこんだ。そう思いこむことによって彼女は、その不幸な幼児期、少女期をかろうじて耐えてきたのであった。この正当化によって、彼女の人格(対人知覚の構造と言ってもいいが)に盲点が生じた。第三者の眼には明らかな男の残酷さが、彼女の眼には愛情と映るのである。しかし、それは正当化による自己欺瞞であるから、それが愛情であるということに、彼女は心の底から自信はもてない。自信をもてないがゆえに、それが愛情であることを確証しなければならない。だから彼女は、残酷な男と出会うと、彼の愛情を確認したいという無意識的な強迫的欲望にかり立てられ、無抵抗に引き寄せられるのである。彼の愛情を確認することは、自分が父親に愛されていたということを確認することであった。彼女は何度裏切られても、少なくとも一人の男において、一見残酷さと見えるその態度が実は残酷さではなく愛情であるという証拠を得たいのであった。
しかし、残酷さはあくまで残酷さなのである。このことを認め、残酷な男にくり返しひっかかるその反復強迫をやめるようになるためには、彼女は、父親に愛されていなかったという、彼女にとっては認めがたい苦痛な事実を認めなければならない。それを認めることは、彼女の、存在の基盤が崩れることであり、彼女の世界がひっくり返ることである。
同じように、アメリカが他民族の大量虐殺というその瘤疾的反復強迫をやめるようになるためには、原住民の大量虐殺の経験を正当化するのをやめなければならない。これは大変なことである。それは、欺隔と暴力で奪った土地を原住民に返すことを意味し、さらに、自由、平等、民主のその共同幻想が偽りに過ぎなかったと認めることを意味する。これはアメリカ国家の基盤を崩すことである。しかし、この正当化をやめないかぎり、今後もアメリカは、チャンスと口実さえあれば、どこかの民族を大量虐殺するであろう。
ひるがえって日本に関して言えば、近代日本は、共同幻想というものがはらんでいるディレンマをきわめて尖鋭な形で突きつけられたのである。前述したように、共同幻想は、集団の成員の私的幻想を吸収し、共同化して集団をまとめる機能と、集団を現実に適応させる機能との本来矛盾する二つの機能を果たさねばならないが、近代日本の場合、不本意に国際社会という新しい現実に強制的に引きずり出されたため、この新しい現実に適応するための共同幻想を、成員の私的幻想の吸収という面をなおざりにして大急ぎでつくらざるを得なかった。そのため、この文明開化の共同幻想は、日本人の内的自己をおいてきぼりにした、どこかそらぞらしいものとなり、日本人の国民的同一性(アイデンティティ)と統一性を保つ支えとはなり得なかった。そのため、この支えとなるような別の共同幻想が必要となった。しかし、この尊王攘夷の共同幻想は、現実への適応の面が抜けおちていた。わたしが、近代日本を精神分裂病質者だと言ったのは、決してものの譬えや単なる比喩ではなく、このように共同幻想が外的適応のためのものと内的統一のためのものと二つできあがり、二重底になっている精神構造、すなわち外的自己と内的自己とに分裂した精神構造こそまさに精神分裂病質者の精神構造だからである。
この状態は、黒船来航以来、戦後30年の現在に至るまで基本的には変わっていない。天皇崇拝、神国日本、大アジア主義など、内的自己を中心とする戦前の共同幻想は、敗戦によって廃棄され、この共同幻想が吸収し、共同化していた日本人の私的幻想は、公的承認を失って集団の「エス」として底流することになった戦後の民主主義の共同幻想は、日本人の私的幻想を共同化する点ではなはだ不充分である。日本は、戦前のイデオロギーを思想的に超克した上で戦後のイデオロギーを主体的に築いたのではない。いわば、戦前のイデオロギーを「抑圧」しただけであって、抑圧されたものは必ず回帰するのである。開国後の「文明開化」の共同幻想が、結局は「鬼畜米英」の共同幻想に取って代わられたことを忘れてはならない。しかし、近隣諸国の被害は言うに及ばず、日本人だけでも300万の死者を出したあの戦争へ導いた戦前の共同幻想がふたたび日本で公民権を得ることはもはやないであろう(これは希望であって、確信ではない)。そこで、戦前、この共同幻想に吸収されていた日本人の私的幻想は、戦後は、回り道を辿ってさまざまな表われ方をすることになった。わたしは、60年の反安保闘争、連合赤軍事件、アラブの日本赤軍の行動などはこの観点から理解すべきだと思っている。
強行採決による日米安保条約の批准に憤って1960年に国会に乱入した学生たちは、勅許なしでの日米修好条約の締結に憤って1860年に桜田門外において井伊大老を暗殺した水戸、薩摩の浪士たちのエピゴーネンである。戦前のいわゆる大陸浪人たちは(もちろん全員ではないが)、少なくとも主観的には支那四億の民を救うつもりだったのであって、そのメンタリティは、アラブの日本赤軍にそのまま受け継がれている(これはあとから聞いたことだが、彼ら自身このことを自覚しているらしく、自分たちのことを「アラブ浪人」と呼んでいるそうである)。何をわざわざ遠い外国まで出かけていってと人は不思議がるが、その心情は真剣であって、この種の救世幻想は、虐げられ、迫害されているという感情をもつ集団にしばしば見られるもので、歴史上の先例を求めれば、遠くはユダヤ民族の救世幻想、近くはより合理的な形を取ってはいるが、収奪されているプロレタリアートをもって人類全体の救済者と見たマルクス主義の幻想と同質のものである。そしてこの救世幻想は、戦時の日本にあっては、アジアの虐げられた諸民族を白人の支配の桎梏から解放して大東亜共栄圏を築くという、公認の支配的共同幻想であった。
連合赤軍、アラブの日本赤軍の行動、あるいは最近の一連の大企業ビルの爆破事件などについて一部の評論家は、マンガばかり読んでいるからあんなマンガティックなことをやらかすのだとか、パラノイア的だとか、バセドウ氏病のため情緒不安定だったとか、甘ったれた小児的行動だとか決めつけて、そめ行動を彼ら個人のレベルで見、彼らを嘲笑しているが、彼らを嘲笑しても、気休めにはなるかもしれないが、何ら問題の解決には役立たない。公認されない形で表わされる集団の「エス」の表現形式は「小児的」とならざるを得ない。彼らの行動は、集団としての日本人の精神構造との関係において理解する必要がある。要するに、戦後の民主主義の共同幻想が彼らの私的幻想を吸いあげていないということであって、彼らが起こした一連の事件は、この共同幻想の重大な欠陥――破綻とまでは言わないが――を物語っている。人びとはあまりこの欠陥を見たがっていないようであるが……。
6
ここでついでながら、現代において非常にゆき渡っている心理学的人間観の誤りにふれておきたい。人間の行動を何でも本能で説明した昔の本能論心理学に対する反動として、現代では、すべては後天的学習――条件づけ――によって決定されるという考え方が広く無批判に信じられている。行動主義心理学の創唱者、J・B・ワトソンの次のような発言はこの考え方を典型的に表現している。「私に、健康で、いいからだをした1ダースの赤ん坊と、彼らを育てるための私自身の特殊な世界を与えたまえ。そうすれば、私はでたらめにそのうちの一人をとり、その子を訓練して、私が選んだある専門家――医者、法律家、芸術家、大実業家、そうだ乞食、泥棒さえも――に、その子の祖先の才能、嗜好、傾向、能力、職業がどうだろうと、きっとしてみせよう。」(『行動主義の心理学』、安田一郎訳)つまり、人間は生まれたときは白紙(タブラ・ラサ)であって、あとからどんな絵でも書きこめるというわけである。軍国主義教育を施せば軍国主義者が育ち、民主主義教育を施せば民主主義者が育つというわけである。しかし、人間は、後天的な社会的条件づけによってどのような型にでもこねあげることのできる粘土ではない。軍国主義思想にせよ、民主主義思想にせよ、共産主義思想にせよ、どれほど厳格で熱心な思想教育を施されようとも、人間はその思想に彼自身の私的幻想の共同化を見ないかぎりは、決してその思想を受け容れることはない。
その点を無視して一定の方向の教育を強行すれば、超自我とエスとの分裂を招くだけである。この意味において、たとえば親孝行を教えることは同時に親不孝を教えることであり、国家への忠誠を教えることは同時に国家への反逆を教えることであり、自由主義道徳を教えることは同時に権威主義道徳を教えることであり、平和主義を教えることは同時に軍国主義を教えることである。
また、昔の本能論心理学的な考え方も克服されずに部分的には残っているようであるが、人間が教育されるがままにならないのは、その教育が「人間性本来の傾向」や「本能」に反することを教えるからではない。「真の人間性にもとづいた教育」という考え方が前提としているような「真の人間性」なるものは存在しない。
人間に一定の行動を惹き起こさせるような生まれつきの本能は存在しないという点では、わたしは行動主義心理学者と意見が一致する。そう言いたいなら、人間は生まれたときには白紙(タブラ・ラサ)であると言ってもいい。どんな絵でも描くことはできよう。ただ、この白紙は、その上に親孝行者というよく見える絵(マニフェスト)を描けば、同時に親不孝者というすかし絵(レイテント)を描いたことにもなるような白紙である。フロイドがエディプス・コンプレックスと呼んだところのものは、家族という共同幻想に個人を組入れたとき、彼の心の裏側に必然的に描き込まれるすかし絵であった。